「AI作品の著作権は誰のもの?」――クリエイターが知るべき法的・倫理的新境界
- social4634
- 5月31日
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前回は、AIがクリエイティブ産業の「仕事」や「働き方」をどう変えていくのか、「労働の再定義」の最前線をレポートしました。AIが自ら、あるいは人間との協働によって、驚くほど高度なコンテンツを生成できるようになった今、私たちは新たな問いに直面しています。それは、「AIが作った作品の権利は誰に帰属するのか?」「人間の創造性はどこまで保護されるのか?」そして「AI技術の悪用によって生じる倫理的な問題にどう対処すべきか?」といった、法的・倫理的な新境界に関するものです。
今回は、AI生成コンテンツをめぐる著作権の基本的な考え方、各国の法整備の動向、そしてディープフェイクのような技術的リスクについて、クリエイターやコンテンツ利用者が知っておくべきポイントを整理します。
「人間の創造的寄与」が鍵:AI作品の著作権の行方
AIが生成したコンテンツの著作権保護については、世界各国で議論が活発化していますが、まだ国際的に統一された明確な基準は確立されていません。しかし、多くの国で共通して重視されているのは、「人間の創造的な寄与」がどの程度あったかという点です。
例えば、米国著作権オフィスは2024年の報告書で、著作権保護を受けるためには「人間の著作者」が必要であるという伝統的な原則を再確認しています。つまり、完全にAIが自律的に生成した素材で、そこに人間の独創的な表現への具体的な関与が認められない場合、その生成物は著作権保護の対象とはならない、という立場を明確にしています。
著作権保護の可否を判断する際には、以下のような要素が総合的に考慮されるとされています。
人間の著作者性: その作品に、人間によるオリジナルの表現や創造的な選択がどの程度反映されているか。
AIの使用の性質: AIが単なる「道具」として人間の創造活動を補助したのか、それともAIが作品の実質的な「創作者」であったのか。
人間のコントロールの度合い: 人間がAIの生成プロセスや最終的なアウトプットに対して、どの程度具体的な指示を与え、管理・制御していたか。単にテーマやキーワードをAIに与えただけでは、一般的に「人間の創造的寄与」とは認められにくい傾向にあります。
この点に関連して、米国では「Thaler v. Perlmutter (2023)」という注目すべき判例があり、人間の指導なしに完全にAIが生成した画像について著作権登録が認められませんでした。一方で、古くは写真技術が登場した際の判例(例:「Burrow-Giles Lithographic Co. v. Sarony (1884)」)が、写真家が被写体の選定、ポーズ、光線、背景などを創造的に選択・配置する場合に著作権保護を認めており、AIを利用した作品においても、人間の「創造的な選択」や「表現上の工夫」がどの程度介在したかが、保護の可否を分ける重要なポイントとなりそうです。
日本の取り組み:AI著作権ガイドラインの模索
日本においても、AIと著作権をめぐる法整備や解釈の明確化は喫緊の課題となっています。文化庁は2024年1月23日に「AIと著作権に関する考え方について(素案)」を公表し、広く意見を募集しました。
この素案では、AIが学習データとして既存の著作物を利用する際の法的論点(例えば、著作権侵害にあたる素材をAIが学習してしまった場合の責任の所在など)や、AIが生成したコンテンツの著作物性、そしてAI生成物を利用する際の注意点などについて、具体的なケースを挙げながら詳細な検討が行われています。
特に、AIの学習段階での著作物の利用については、技術開発や学術研究といった目的であれば一定の範囲で許容されるべきとする意見がある一方で、権利者の利益を不当に害するような利用は制限されるべきであるという議論があります。また、AI生成物については、やはり「人間の思想又は感情を創作的に表現したもの」という著作物の定義に照らし、人間の具体的な指示や創作的関与の度合いによって個別に判断されるべきという方向性が示されています。
このガイドラインはまだ最終決定されたものではありませんが、クリエイター、AI開発者、そしてコンテンツ利用者が、AI時代の創作活動を安心して行えるようにするための重要な指針となることが期待されます。
ディープフェイクとの戦い:技術悪用のリスクと法的・倫理的課題
AI映像制作技術の中でも、特にディープフェイク(実在の人物の顔や声を、本物と見紛うほど精巧に合成する技術)は、その悪用による深刻な社会的リスクが懸念されています。2024年の立法動向においても、ディープフェイクが名誉毀損、プライバシー侵害、著作権侵害(例:俳優の肖像を無断で使用したアダルトコンテンツの作成など)だけでなく、選挙干渉や社会不安を煽るための虚偽情報(フェイクニュース)の拡散といった、より広範な問題の新たな温床となる可能性が指摘されています。
これらのリスクに対し、ディープフェイクを見破るための検知技術の開発も進められていますが、その信頼性には依然として大きな課題があります。最新の研究によれば、市場に出回っているディープフェイク検知ツールの多くが、必ずしも高い精度を持つとは言えず、特に、検知対象の人種や性別によって誤検知率に最大で10.7%もの格差が生じるなど、技術的なバイアスの問題も明らかになっています。つまり、現在の検知技術だけでは、巧妙に作られたディープフェイクを完全に見抜くことは難しいのが現状です。
法的な対策としては、ディープフェイクの悪意ある作成や拡散を禁止する法律の制定、被害者の迅速な救済を可能にするための民事・刑事手続きの見直しなどが各国で検討されています。しかし、表現の自由とのバランスや、国境を越えて行われる悪質な行為への対処、そして技術の進化スピードに法整備が追いつかないといった、多くの難しい課題が山積しています。技術的な対策と法整備、そして社会全体の倫理観の向上が一体となって、この問題に取り組んでいく必要があります。
次回予告:
AIが生成する情報が溢れる中で、私たちは「真実」をどう見極めれば良いのでしょうか? 次回は、AI時代における「メディアの信頼性危機」と、ジャーナリズムが果たすべき役割、そして私たち一人ひとりに求められるメディアリテラシーについて考えます。







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